信州の⾼原に暮らす
標⾼約1000mmに位置する⾼原地帯。
⼋ヶ岳の丘陵でもある⾃然豊かなところ。
ここが私が安住の地として選んだ⼟地だ。
⻑年、東京都内に暮らしていた。
某メーカーの販売促進室でマーケティングを中⼼とした仕事に携わっていてキャリアを重ねてきたのだ。定年を少し先に控えて、私は考えていた。
⼈⽣を本当に満⾜いくものにするために、随分前から憧れていた森の暮らしを実現すること。
普通ありがちなのは、都内で仕事をしていて休⽇などはリゾートとして⾼原などの避暑地に出かけること。
しかし私は⽇常を森の中で過ごしたかったのだ。いくつか候補地をピックアップして、この原村という地に決めたのだった。
都内から2時間弱の距離で実家との⾏き来も苦にならない。
なのに、都内とはまるで別天地の⼤⾃然に恵まれた環境がここにはある。
⼋ヶ岳の麓の丘陵地に⼟地を購⼊し、⽊造の平家を建てた。
完成し引っ越してきたのは4⽉の初旬だった。

開墾、または開拓の⽇々
私が購⼊した⼟地は、⼭の斜⾯に⾯した⼀区画。
しかしその⼀区画は広⼤な敷地だった。
まるでこの⼭全部が⾃分のものになったかのようなスケール感を味わった。
そこは都⼼のように塀で区切られていない敷地。
視界の限りどこまでも続く森林が全て私のもののようで、ワクワクする。
家の裏側は緩やかだったり急斜⾯があったり地形の変化は⼤きく、それも楽しくて⼦供の頃に帰ったような気分。
様々な植物が⽣えていて、ぐるりと散策できそうな⾃然の遊歩道のようにも⾒えてくる。

引っ越してきて荷解きが終わり、家の中が⽚付いた翌⽇の早朝から森の探検が始まった。
朝露のついた草たちをかき分け、辺りの地形を感じながら歩いてみる。
きちんと整備された道ではないけれど、地形の関係からか家を囲むように歩きやすく⼩道状になってい
る。
ふと道の脇に⽣えている野草に⽬が⽌まった。
「吾亦紅(ワレモコウ)」という野草。私の好きな花だ。バラ科の多年草で1メートルくらいの⾼さに成⻑している。若葉は⾷⽤になり、根は⽣薬になるという。
今はまだ若葉が⽣えている状態だが、秋⼝には⾚褐⾊の花をつけるはず。
以前に好きだったJ-POPの曲の中にこの花を歌ったものがあった。その曲が好きで、いつの間にかこの花も好きになっていた。
こんな偶然に出会えることが、何より嬉しく感じてしまう。
⾃然の⼭野草に囲まれて暮らせる喜びである。
そしてここから私の⾁体労働の⽇々が始まった。

⾃然の植物はできるだけ痛めないように、そのままを⼤切にするよう考えた。⼩道の⼀部は急斜⾯が競り上がっていて、ボロボロと⼟や⼩⽯が崩れてくる。
⼤した量ではないが、⾬が降ったりしたらますます侵⾷されて崩れてくるかもしれない。
芝の種を⼀⾯に蒔いた。夏前には芽が出てうっすらと緑⾊の斜⾯になった。その⼀部には花を植えてみ
た…とは⾔っても⼤きな法⾯だからスケールの⼤きな花畑でもある。
⾬対策としてはあらかじめ低くなっている地⾯に溝を掘って、⽔路を作った。
⾬⽔が集約され敷地からさらに低い斜⾯に排⽔できるような形にした。
1⽇や2⽇で終わるものではなく、4⽉から4ヶ⽉経った今でもまだ作業は進⾏している。
「あぁ、これが⾃然の中に暮らすということなんだ」と改めて思いながら⾼原にそよぐ⾵を感じていた。


ファーマーズマーケットの休⽇
私の1⽇は朝6時の⽬覚めから始まる。
真っ先にすることは、家中の窓を全部開けること。それが1⽇の始まりの儀式。
建物の中を清々しい空気が通り抜けていく。⾃然と⼀つになるような感覚が気持ちいい。
⼤きめの冷蔵庫から野菜を出してサラダを作り始める。レンジのケトルがコトコトいって湯が沸いたことを知らせている。
この家は街中から少し離れているから、買い物は週に2回くらい。必要なものや⾷材などをまとめて購⼊している。
街道沿いに地元の農家さんたちが⽣産品を卸している市場のようなファーマーズマーケットがあり、野菜だけでなく、調味料や加⼯⾷品も地場産のものが多く地産地消を地でやっているようなお店だ。観光客も多く⽴ち寄る、少し有名な買い物スポットでもある。そういえば来週末は東京から友⼈が遊びにくる予定だった。

引っ越した早々にも一度遊びにきたのだが、原村の4月の気候にびっくりしていたっけ。「隣に家が立ってなーい!」「4月なのに暖房を入れるの?」「買い物に行く時は車を出すんだねー」ここに住めば当たり前のことが都会暮らしの友人には珍しいらしい。友人にしてみれば友人の家を訪れるというより、リゾート地のコテージを訪れたような気分だったに違いない。
また新鮮な野菜料理をふるまってあげよう。彼女が今度来るのは夏の終わりで秋の始まり。そろそろ薪ストーブ用の薪も揃えておかねばならない。玄関脇と建物にある薪棚は自作の逸品だが今はまだ近所で拾ってきた小枝を束にしてしまってあるだけ。本格的な薪はこれから準備して蓄えて行く必要がある。
朝食を食べ終えて、ハンドドリップでコーヒーを淹れる。湯気のたったマグカップを持って広めのウッドデッキに出て、デッキチェアーに腰を下ろす。
さて、今日はどこを整備しようか…
午後になって、突然雨が降ってきた。外での作業をやめて家の中に避難する。空を見上げると雲がすごい速さで移動している。
ポツリポツリ…あっという間にザーっときた。
夕立のような降り方だから、しばらくしたら止むだろうと思う。短時間でも大粒の雨、しかも激しいから家の前の排水溝はあっという間に水浸しになる。斜面が削れないように自力で掘った水路を勢いよく雨水が流れ落ちていく。
ほんの少し満足感を得ながらベランダのデッキからその様子を眺めていた。

シンプルに豊かに暮らす
我が家には余計なものが置いてない。引っ越してきてまだ半年弱だから当然と言えば当然なのだが、基本的にはできるだけ物がない暮らしが好み。良いものを選んで、大切に長く使えたらいいと思う。
長年連れ添った道具やお気に入りのマグカップ一つまで、自分がほっとできたり気持ちが和らぐようでなんとも言えない安心感がある。そんな愛着を大切にしたいと思う。
そういう意味ではこの家も設計段階でわがままなくらいこだわらせてもらった。「既製品の家」にはない、自分の一部になるような「私の場所」を求めていたから、小さめの玄関もリビングとあえて分けたキッチンも、南から西に面する大きな窓も私なりの意味がある。
それは玄関に吹き付ける風の影響を受けないためとか、キッチンの生活感とリビングで過ごす気分を切り分けるためだったり、西に沈む夕日と美しい月を眺めるためだったり…
決して生活に便利な場所ではないと思う。冬になれば関東とは比較にならない寒さがあることを知っている。除雪作業や薪ストーブのための薪づくり。自分でやらなければならないことはいくらでもある。それでもそんな日々の中に私の求める豊かさがあるのだ。
フローリングの床に大きく大の字になって寝転んでみたら木の香りが鼻をついてきた。




「暮らしのカタチ」があります