私の特別な時間
午前5:40 いつもより30分早く⽬覚めた。
しかも⽬覚まし時計に頼らずに…家族はまだ眠りの中にいる。
5歳の男の⼦と1歳9ヶ⽉になる⼆⼈の息⼦。そして夫。我が家は寝室に家族4⼈で川の字になって寝ている。
そっと起き上がり、ルームウエアに着替えた私は2階の寝室を後にした。
階下のリビングにはもう朝の光が⼊っている。
キッチンに⾏き、ケトルに⽔を注ぎ湯を沸かし始める。
カーテンを開けると窓の向こうに有明⼭の眺望が広がり、そのまま北の⽅に視線を移すと⽩⾺連峰が万年雪を朝⽇に輝かせていた。
安曇野よりも安曇野らしい⽥園⾵景が広がるこの⼟地に家を建てたのが1年前の夏だった。だからもうすぐここで暮らして⼀年になる。
ようやく「当たり前の暮らし」と⾔えるくらいには慣れてきた。
⼀年前の今頃は引っ越しを計画しながら、ワクワクしていた。

私はコーヒーが好きだ。
マニアックなこだわりがあるわけではない。
普通にスーパーに売っている⼀杯分のドリップタイプのパッケージ商品。
封を開くとコーヒーフィルターの中にレギュラーコーヒーがセットされているものだ。
開封するとコーヒーの⾹りがフッと⽴ち上がる。
そこにゆっくりとケトルの湯を注ぐのだ。
⼩ぶりのフィルターだから、⼀気に湯を注ぐと溢れそうになる。少しずつ、細くゆっくり。
やがてカップに満たされたコーヒーの表⾯を確認して、ゆっくり唇をつけてみる。
無地の⽩いマグカップは⾁厚で、⽕傷をするほどの熱さはない。
少しずつ啜るように飲み始め、同時にコーヒーの酸味を感じながら独特の⾹りを感じてみる。
まだみんな寝ている時に、密やかに⼀⼈過ごす特別な時間。余計なノイズ的な⾳もなく、シンとしていて澄んだ空気だけが流れている。
妻とか⺟の役割ではなく私を感じている時間。
私はこの時間にいただくコーヒーが⼤好き。

ウッドデッキでの独り⾔
朝⽬覚めた時の感覚。この部屋で⽬覚める暮らしも約⼀年。
それまでが家族で賃貸アパートで6年暮らした。そのアパートで5年暮らした頃、家族は究極の選択をしたのだ。それが⻑野県への移住。
私も妻も愛知県の出⾝で幼馴染のような関係。だから結婚した頃は愛知県で暮らしていた。
きっかけは私の転職だった。この先ずっと現職で仕事を続けるのなら信州⼈になろうか…そんな会話は何年も前からしていたのだ。
いつかは帰るんだろうなと思いながら信州に来たが、暮らしを重ねる中でこの地に定住することを考え始めた。
妻は⼭が好きだった。⼭だけではなく、昆⾍や植物も。
⽥舎暮らしというワードが流⾏ったが、そんな感じではない。
もう少しリアリティがある感じ。
⼈⽣という⾔葉を使うほど⻑く⽣きてきたわけではないけれど、これからのことを考えると、信州の⼤きな⾃然の中で⼦供たちとのびのび暮らす未来も魅⼒的だと思ったのだ。
階下に降りると妻が朝⾷の準備をしていた。
焼けるオリーブオイルの⾹りと⾹⾟料の⾹りが混じって⿐をくすぐる。
ウッドデッキに腰掛けて、庭を眺める。
この感じ。さりげないことに満たされる感覚。
「豊かだなあ…」と⾔葉が漏れた。
⼤きな南側の窓を開けるとそこには広々した庭が広がっている。
⼀⾯の芝⽣はようやく葉が伸び、春植えた頃から⽐べると随分と成⻑したように感じる。⽬⼟として巻いた砂がまだ所々に残っているが、あと1〜2年もすれば⽴派な緑の広場になっていることと思う。
庭の2箇所には「えごの⽊」が植栽されていて⼩さな実がつき始めている。
その根元に置かれた鉢には初夏の花がいくつも咲いている。広めの庭の端には家庭菜園を⾏う畑スペースがあり、数種類の野菜が植えられている。これらの植物には、いつも5歳になった⻑男が⽔を撒いている。
家庭菜園も⾃分たちの家を持てたらやりたかったことのベスト3に⼊っていたこと。
⽇々植物の成⻑を感じられる、この季節の楽しみ⽅の⼀つだ。

⼩さな怪獣がいる幸せ
AM8:15 ⼦供たちがそろって起きてきた。
いや正確には⻑男が先に起きて、隣に眠る次男を起こしたのだろう。
そして私を呼びにきたのだ。
さあ、ここからは賑やかな家族の時間の始まり。我が家の通常運転。
完成した時にはサラッとした肌触りが印象的だった無垢材を使ったフローリングも今では⼩さな傷があちこちについている。私も夫も最初の頃はヒヤヒヤして⽬が離せなかったっけ。
ちょっとでも乱暴に扱っている姿を⾒ると、ついつい声も⼤きくなって…
そんなある⽇、夫から提案があった。
「床の傷くらいでいちいち怒るのはやめようと思うんだ」と。
「⼦供たちには、この家を⼤好きでいて欲しい」
「神経がすり減るように気を使う場所だと好きになれないと思ってさ」



夫が⼤切にしたいことは、私も⼤切にしたいと思っている価値観。
「家族がみんなのびのびできる家」それが我が家のコンセプト。
家族の誰もが不要な気遣いや神経を使う必要なく、いつも⼀緒に、のびのび過ごせる家が私たちの理想の家。
起きてきた⼦供たちは早くも夫にじゃれつきながら、スケッチブックに⾃由に絵を描き始めた。
「ちょっと待て、それ油性のマジックだよね!お願い、ちょっと待ってくれ!」夫が叫ぶ。
怒ることはないけれど慌ててはいる。
テーブルのシミも、床の傷もみんな元気の証。5歳の⻑男はあと10年も経って思春期真っ盛りの頃になったら⼀緒に遊んでくれるだろうか。ふとそんな思いがよぎった。
「⼀緒にいてくれるといいな」「いっぱいお話ししてくれると嬉しいな」
無邪気な顔して⼤声で⾛り回る息⼦を⾒て密かに願ってみたりする。



私たちの⼀番好きな場所
もう直ぐ本格的な夏が来る。
昨年の夏は引っ越しがあり、新しい暮らしや地域に慣れることで精⼀杯だったから、今年はちゃんと夏の暮らしを楽しみたいと思う。
ふと菜園に⽬を向けると、背丈の伸びた茎の中に⼩さな実がなりかけているのを発⾒。
それだけで嬉しくなってしまう。
ひと段落した夫はウッドデッキで⼀休み。⼦供は庭を⾛り回ったかと思うと、⾜ものとの草を観察していたり、枝についたまだ⻘い実を摘んでみたり。
私もウッドデッキに腰を下ろして、夫と⼀緒に⼦供の動きに注⽬してみる。
「あと何年この感じでいられるんだろうね」夫が呟く。
やがて⼦供は成⻑して⾃室を使うようになるだろう。そんな⾵に家の使い⽅も暮らしのカタチも変わっていくのかもしれない。

早朝、⼀⼈でコーヒーを飲みながらゆるりとした時間を過ごすキッチンも、⼦供が⾶び回るリビングもきっと形が変わったり雰囲気も変わっていくんだろうなと思う。
庭の⽊はどれくらい⼤きく育つのだろう。10年後はどんな暮らしをしているんだろう。
横を⾒れば夫がいる。
これはきっと変わらないことの⼀つ。
今腰を下ろしているデッキも変わらない。10年経ってもきっと私たちはこのデッキに腰を下ろして、取り⽌めもない話をしているのだろう。
「俺はここが⼀番好きかな」夫が⾔う。
「そうだね」私が⾔う。
「暮らしのカタチ」があります